現在、臨床では肩関節を中心にみていることが多いですが

以前は"一番苦手"な関節であり

「肩?いや、よくわからん」

といったアレルギー的な反応がありました…

しかし

今は
「肩大好き」
そして
「shoulder is life」なるLINEのオープンチャットを
作るまでに至りました。笑

 

なぜそこまで至ったのか…

深く考えたことはないので
この#10minutes_Writingの機会を利用して

思い出しながら書いていきたいと思います。
(需要があるかわかりませんが、書きます(´・ω・`))

 

ということで
"5回"に渡り、各章を10分で書いていきたいと思います!!
(もしかしたらタイトルは変わるかもしれないのでご了承ください)

 

※今日は目次をつくるだけで終わりです(^^)

学生時代は足関節を極める

以前の記事でもお話しましたが

僕はもともと
サッカーの日本代表のトレーナーになりたくて
この世界に入りました。

 

そして、
入学した先には現役のサッカー日本代表トレーナーの
講師がいました。(もちろん知った上で入学するわけですが)

そして、入学してすぐに
その講師にコンタクトをとり

『サッカー日本代表のトレーナーになりたいです!!』

ということを伝えると

 

在学中の学生トレーナーの方を紹介してくれました。

 

できれば
その先生につきたかたったのですが
「仕方ない…」

なんて今思うと失礼なことを思いながら
紹介していただいたいトレーナーに毎週
の見学をさせていただくこととなりました。

 

その先輩トレーナーの帯同しているチームは
社会人のサッカーチームであり
サポートは基本的に日曜の試合のみでした。

 

サポート内容の基本的に…

・テーピング
・アイシング
・試合後の状態確認、必要ならリハ

といった感じだったと思います。

 

僕は"メディカル"(主に傷害を負った選手のリハビリをする)
トレーナーになりたかったので、ここでは足関節捻挫の多さに
驚きました。

 

選手の多くはインターハイに出場するレベルでしたが
高校在学中にトレーナーがいるわけでもなく

捻挫を慢性的に捉えている人も多かったです。

 

先輩トレーナーもその現状には
残念な想いがあったようですが
当時はどうしようもなかったですね。

 

で、僕は当時選手に触るのは練習後のストレッチと
アイシング作成ぐらいでそれ以外はホントに見学のみでした。

 

ただ、
現場では"足関節捻挫が多い"ということは
知っていましたので、

 

毎日のように足関節捻挫の勉強をしていました。

 

当時はオンラインで見れる文献も少ないですし
英語を読む気にもなれなかったので、今思い返すと
もったいない時期を過ごしたとも思います。

 

ただ、当時はまだ18,9の小僧でしたが
「足関節捻挫を極めてやる!!」

と思ってひたすら本を読み漁り

そして脛骨、腓骨、距骨をいろんな角度から
スケッチしていたような記憶が思い出されます。

 

でも
極めるまでにはまったく至らず
なんとなく解剖学や捻挫の病態を学ぶに至った程度です。
(今思うと"極める"ってそもそもなんだ?心の底から思いますよね笑)

当時の状況では
実際に選手をみれるわけではないし
授業も概論ばかりの状況を鑑みると、仕方なかったような
気もします。
(1年生なのでそれが当然ですけどね)

 

というのは
完全に僕の勝手な言い分ですし

ただガムシャラにやっていれば
自分の身(糧)になると思っていた
絶頂期ですね。

本当に
「ただやることは誰でもできる」
と思うきっかけとなった
時期であると、後々気付かされる
時代ですね。

この時期を教訓とし
今の学生さんや若手に伝えたいことが
一つあります

 

【SNSでの出会い、情報を有効活用するべき】

ということです。

今はSNSが発達し、日本全国と繋がります
(世界とも繋がっています。)

ですので
同じレベルのひとだけでなく
なかなか出会うことのない著名な先生や
知識・技術がとんでもない怪物たちの情報を
入手でき、場合によっては交流をすることも
できます。

 

ぜひ
そういった人たちを
上手に活用して自分の糧に
してもらいたいですね。

サッカーの現場

前述したように
僕が最初に活動したのは
社会人サッカーの現場です。

 

サッカー関係でいうとその後は、
母校のサッカー部のサポート。

 

名古屋グランパスジュニアユースの
研修

近隣大学のサッカー部の
単発でのサポート

県トレU16の定期的なサポート

 

といった感じで
ちょこちょこ
サッカーのトレーナーとしての
"経験"を積んでいました。

 

しかし正直…

 

"経験を積むだけ"だったというように
思えます。

 

毎週ある
日曜日の先輩とのトレーナー活動では、
先輩の様子を見学することがほとんどでした。

今思い返すとこのような内容だったと思います。

・試合前の準備(主にテーピング
・試合中のサポート(外傷時の処置)
・試合後の選手の状態確認
・怪我にて試合に出れない選手のリハ

これらを見学し、学んでいました

そして
1年ほど見学し学んでいるとやはりこう思うんですよね

 

「自分一人で現場に出て、サポートをしてみたい」
と。

 

そこから
母校のサッカー部の顧問に相談し
週一回のサポートをすることとなりました。

 

この母校サッカー部のサポートで学んだことは
大きく2つです。

 

  1. 選手と監督との関わり方
  2. 一人で悩んでも仕方ない

 

ということです。

選手と監督との関わり方

ここは本当に失敗しましたね

 

というのも

今までトレーナーなんていうものが
居なかった現場に

 

怪我を見てくれる人(僕のことですね)
が現れて

怪我をすれば丁寧に状態をみてくれて
アイシングやテーピング、リハビリをしてくれる…

 

「急性期だから今は運動しないほうが良い」

「今はまだ痛みがあるから練習は別メニュー
のほうが良いです」

 

なんて調子にのってやってれば
選手は甘えだし、監督には煙たがられますよね

 

今でも監督に言われたことは覚えていますし
その後のトレーナー活動の大きな学びとなったことを
覚えています。

なんて言われたかというと…

 

「お前がくるようになってから怪我人が増えた」

 

です。

 

言われた当初は

「いや、あんたが何も知らずに
考えずに怪我人を使ってたからだろ?」

 

と、心の中で思っていましたが

そうじゃないですよね。

当時の僕は
監督とのコミュニケーションを密にとらず
選手の状況を一方的に伝えていただけで

・なぜプレーできないのか
・復帰はいつになるのか

といった監督、指導者が必要な情報を
共有する努力もしていませんでした。

 

"選手第一"なんてことを独りよがりで
思っていた時期で、
その後に猛反省したことを思い出されます。

 

一人で悩んでも仕方ない

学生の頃は
同学年でトレーナー活動を真剣にやっている人が
周りにいませんでした。
(AT学科に100名以上学生がいても
現場にでている人は2~3?だったと思います)

 

なので、
実際に現場で活動をしていても
相談する人がいない状態で

いつも
あの選手は何が原因だろう?

このエクササイズでいいのかな?

復帰時の時期とかはどのように考えて
伝えたらいいんだろう…

 

と、"一人"で悩んでいました。

 

今、考えると本当に"連携"ができていないと
恥ずかしく思います

 

・監督やコーチ
・医療機関
・親御さん

など、

怪我から復帰するまでに連携をとらなければ
いけないことが多かったですが

当時の僕には
そのようなコミュニケーション
必要性重要性などは

"教科書上で学んだ"というレベルだったんだと思います。

 

それらを解消するために
当時は一人で現職者のセミナーに参加したりしましたが
"学生"ということで珍しい目で見られるだけでした。
(そして、参加しただけで勉強した気に鳴っていたと思います。)

 

きっとこの文章を読んでいる方は…

 

トレーナーの先輩に相談すれば良いのでは?

 

と思いませんか?

 

僕も思います。

 

そして
"当時も思ってました。"

 

これなんですが
僕が先輩に対して

"壁を作ってしまっていた"というか

"極度に遠慮"をしてしまい…

いつも「聞くことが失礼に当たるのでは」

と、違う部分で悩んでいました

 

その結果
自分がサポートしている活動先での相談ができませんでした

 

今考えると
メチャクチャもったいないですよね

 

その先輩は
僕が鍼灸学科の3年生になる前に
とある競技のプロチームへと就職されたのですが

 

その際に
今までも思いを打ち明けると

そんなこと気にせず聞いてくれればよかったのに

 

と笑って言ってました。

 

まぁそもそも

その時に相談できなくて
拙い、未熟な僕のサポートを受け
犠牲になってしまっていた選手には
とても申し訳なく思いますよね。

 

なので
悩みを抱える必要はなく
勇気を持って相談することが大切だと思います

腱板エクササイズ

サッカーなのに"腱板"と思いましたか?

 

ここからは
AT学科(トレーナー学科)を卒業した後の話となります。

AT学科を卒業する1年前に
在籍した専門学校に
理学療法学科が新設されました。

 

以前の記事で書いたように

自分が憧れていたトレーナーの方が
"理学療法士だった"ということもあり
進学することとしました。
(他にもいろいろありますが、割愛します)

 

そして
1年生の頃はまだサッカーの現場を中心に
トレーナー活動をしていましたが、

 

『もっとガッツリの外傷を学びたい』

 

という不純な理由で
同じクラスにいた元ラガーマン(高校ラグビーですが)
の母校にトレーナー活動をさせていただくこととなりました。

 

ラグビーに関してはホントに無知で
ポジションから基本的なルールを覚えるのに
苦労したことを覚えています^^;

 

とまぁ前置きはいいとして

この章のテーマは
「腱板エクササイズ」でしたね

 

ラグビーでは肩の脱臼は比較的頻繁に見る
外傷だと思います。

 

タックルを行った際に
相手が予想外な動きをしたり
選手の技術不足で生じるかと思います。

 

ガチガチのコンタクトスポーツということもあり
"初回脱臼"でも状態に応じでは即手術

という選手も少なからずいました。

 

当時はまだ…

◯理学療法学科の2年生

◯肩のリハ(アスリハ)なども未経験

ということもあり

脱臼後のリハは教科書上・文献上のものを
真似して行っていました。

 

そこでよく出てくるエクササイズが

腱板エクササイズ』ですね

 

なんか当時は
肩のリハビリ=腱板やっとけばいい

 

みたいな印象がありましたね(´・ω・`)

特にラグビーのような高強度の負荷が掛かる
競技では、

「腱板が強くないとダメだ」

みたいな印象があって

このような運動を積極的に行っていました

(こちらの紹介動画を否定するつもありはありません)

 

しかし、
脱臼後(術後を含めて)のエクササイズとして
これらの運動が適切でしょうか?

 

当時の僕はそういった疑問を抱かずに

ひたすら実施していました。

 

その結果…

外旋や外転の徒手抵抗時に
疼痛を訴えることが続いたり

自動運動での可動域制限が残ったり

 

とあまり成績が良くなかった印象があります。

 

今では
もっと違う介入をするのにな…

 

と思うとここでも
深く反省しなくてはいけないと思います。

 

ラグビーのサポートで多かった肩関節脱臼。

盲目的に"良い"と言われる運動をしていても
改善しない場合は多い

 

という教訓を得ました。

最後の実習

理学療法学科の4年生の時のことです。

 

僕は今まで
膝や足関節ばかり勉強していたこともあり

「肩関節」は非常に苦手でした^^;
(前述した"腱板エクササイズ"のところでも
未熟さがわかったかと思います)

ですので最後の実習では
バイザー(実習指導者)にお願いをしました。

 

「肩関節が苦手なので、肩について学びたいです!」

 

と。

 

そしたら"たまたま"バイザーが
「肩関節班」のリーダーをされている
ベテランPTでした。

 

ここで僕の人生は大きく変わった
と思います。
(実習先は全国でも有数の整形外科病院・クリニック
で、書籍の執筆なども多数しているPTが所属していました)

 

ここの実習では
患者さんの評価や介入も積極的にさせていただけましたし

自分の知っている"教科書"や"論文"の知識を
たくさんぶつけることができました。

 

勉強会も毎週行っていて、
outputの量や質が多く、自己研鑽を惜しまずに
やっていたイメージがとても強いです。

 

見学などをさせていただいた患者さんは

「肩関節周囲炎」

「腱板損傷/腱板断裂」

「関節唇損傷」

「上腕骨近位部(頚部)骨折」

など肩において多くの疾患のみさせていただきました。

 

で、例のごとく実習の最後には
症例発表をしたんですけど

この実習での症例は

「投球障害肩(SLAP損傷)」の患者さんでした

 

野球はまぁ全然縁がなかったんですが

 

いろいろ調べてなんとか頑張って発表して
嬉しいことに高評価をいただきました(^^)笑

 

正直、
今の僕が見ても

「よくこんだけ考察できたな」

 

と思います笑

 

とまぁ
学生最後の実習では

 

肩関節疾患の基本的な評価や
その時の最先端?の介入方法
をリアルタイムでご指導いただいたこともあり。

 

とても興味を持つことができました。
(僕が興味を持った理由が全然掛けませんでした^^;)

 

実習の際に
お世話になった先生には
本当に感謝しています。

 

いつかお会いできたら
先生が引くぐらい感謝の気持ちを
伝えたいと思っています(^^)

 

3年目での衝撃

そんなこんなで
無事に実習は終わり、国家試験も

さらっとパスした後には

 

豊橋の整形外科クリニックに入職しました

 

ホントは最後に実習を受けた
施設へ入職したかったのですが

いろいろな理由があって断念しました。

 

なぜ豊橋かというと

理学療法士を目指す理由となった
先生が豊橋の整形外科に勤務していたからです。

 

患者さん・選手を何よりも優先し
ストイックに臨床に向かう姿は
今でも目に焼き付いています。

 

ただ、
僕が豊橋に就職が決まったときには
退職されていました笑

 

ってまぁ、事前に知っていましたが
他にも行きたいところがなかったので
ここを選びました。

で、この章の本題ですが…

結論から言うと

腱板断裂の保存療法を行っていた
症例が初めて手術となった年です。

 

正確に言うと
うちのクリニックが開院してから(約20年くらい?)
初めて腱板の手術に至った症例だそうです。

 

当時は…

初症例??

っていう驚きが隠せませんでした

 

まぁ…

いろいろと思ったことは割愛します。

 

そもそもこの症例は
肩関節周囲炎っていう診断名でした。

そして
当時の僕はエコーを使い始めたばかりで
正常、異常の区別もなかなかわからない
状態でしたのでこの患者さんのエコーを
撮像しても特に異常所見があったことに
気づきませんでした。(医師もですが)

 

そしてリハビリを継続していくけども
症状が治まらない…

さらには3ヶ月という手術の判断基準
となることも知らずにただただ
漫然とリハビリを継続していったある日
症状があきらかに増悪しました。

それをきっかけに医師と協力して
エコー撮像を行ったところ、
腱板断裂所見を認め、法人内の
肩専門医へと受診を促すこととなりました。

 

そして、大断裂という医師の意見で
経過や症状などから総合的に判断して
手術となりました。

 

そして術後のリハでは慎重に慎重にやって
いました記憶がすごくあります…
(初めてだったので再断裂
に対してすごく怯えてました^^;)

 

そして挙げ句の果てに
術後1ヶ月時点で鍬(クワ)を
担(かつ)いでしまい。

直後から激痛および他動の挙上角度も低下

といったことになりました。

 

その後のリハビリでは
疼痛も可動域もあまり良くなく
(挙上は135°程度でしたが、農作業を
した後は重だるさが出現する状態)

症状もある程度変わることなく
リハビリは終了してしまいました。

 

その後は
今回の経験を活かして

・肩関節周囲炎→腱板断裂→手術
・術後のリハ

についての取り組みをしていきました。

 

そういったことをしているうちに
肩への興味が増していき、

それからずっと肩を中心に
勉強していくことになりました。

 

 

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